敷金返還請求訴訟


敷金とは、不動産の賃貸借契約の際に、賃料や賃貸借契約上の債務を担保する目的として、借主が貸主に対して支払う金銭のことをいいます。
賃貸借契約終了時に、借主側に未払い賃料があるなどの債務不履行があった場合には、当然に敷金がその弁済に充当され、債務不履行がなければ全額返金されます。

不当に負担を負わされることの無いよう、敷金に充当されるべきものは何であるのかをきちんと把握しておくことが重要になります。

① 物件・設備の自然的な消耗や劣化
② 借主の通常の使用に伴う消耗
③ 借主の故意・過失などによる通常の範囲を超える使用による消耗


上記のうち①と②は、借主側の責任ではなく、貸主が支払うべき費用になります。③についてのみ借主側が負担しなければなりません。

したがって賃料の不払いや通常では考えられないような汚損・破損等がなければ、敷金は全額返還されるべきものです。また裁判所の判決や、国土交通省のガイドラインにおいても次のように判断されています。

物件・設備の自然的な消耗、通常使用に伴う消耗

●国土交通省のガイドライン

「建物の価値は、居住の有無にかかわらず、時間の経過により減少するものであり、社会通念上通常していればそうなったであろう状態であれば、使用開始当時よりの状態より悪くなっていたとしても、そのまま貸主に返還すればよいとの判例から等から、原状回復は、借主が借りた当時の状態に戻すものではない。原状回復は、借主の故意・過失、善管注意義務違反等による通常の範囲を超えるような使用により生じた消耗・毀損を復旧することである。

 

●最高裁判所判決

「通常使用による賃貸物件の消耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。借主が社会通念上通常に使用した場合に生ずる、物件の劣化や消耗に関する減価の回収は、必要経費分を賃料の中に含ませて支払を受けることにより行われている。」

 

上記のような判例・ガイドラインがあるにも関わらず、これを無視して敷金の返還に応じない貸主や不動産業者も存在します。また賃貸借契約において敷金を返還しない旨の記載がある場合もあります。しかし、当該特約は消費者を一方的に害するものとして、消費者契約法で無効となります。このような特約が記載されているからといって、あきらめる必要はありません。

敷金返還請求の具体的手続きは以下の通りです。

内容証明郵便による請求


まずはいきなり裁判手続きを行うのではなく、貸主に対して敷金返還を求める内容証明郵便を送付します。この段階で支払の合意に至ることも少なくありませんし、内容証明郵便による催告を行った後に、話し合いによって解決できることもあります。敷金に関しては、多くの場合140万円以内の範囲になるかと思いますので、司法書士が貸主と交渉することができます。

しかし裁判外での和解が困難な場合には、裁判上の手続きで解決を図ることになります。

裁判所を利用した敷金返還請求

貸主が敷金返還請求に応じない場合や、何ら催告に対して返答がない場合には、裁判所の手続きを利用することになります。

支払督促 訴訟のように裁判所における審理を行うことなく、書面審査のみにより相手方に金銭の支払を請求する方法です。相手方が支払督促を受け取ってから2週間以内に異議を申し立てなければ、申立てにより支払督促に対して仮執行宣言が付されます。仮執行宣言が付された支払督促に基づき、強制執行の申立てをすることができます。
少額訴訟 60万円以内の金銭の請求を求める場合に、原則1回の審理によって判決が出される訴訟手続きです。訴訟の途中で和解をすることもでき、少額訴訟による判決書や、和解調書に基づき強制執行の申立てをすることができます。
通常訴訟 簡易裁判所での通常訴訟は、訴訟の価額が140万円以下のものが対象となります。140万円を超える訴訟については地方裁判所の管轄になり、司法書士は訴訟代理をすることはできません。また少額訴訟と同様、訴訟の途中で和解をすることもできます。
即決和解 相手方と裁判外で話し合いが進んでいる場合に、その話し合いの内容をもとに、簡易裁判所に対して和解の申立てをする手続きです。当事者のみで和解契約書を作成するよりも、裁判所の関与のもとで和解調書が作成されるため確実性が高く、その和解調書に基づき強制執行の申立てをすることができます。

 

敷金返還請求権の行使は、物件を貸主に明け渡した後でなければすることができません。したがって賃貸借契約が終了したとしても、それだけでは敷金返還請求権は発生せず、実際に物件を明け渡してはじめて敷金返還請求権が発生することになります。

敷金返還請求権の消滅時効


敷金返還請求権には消滅時効が存在します。消滅時効とは、ある一定期間の経過により、本来有していたはずの請求権が消滅してしまうという法律上の効力をいいます。消滅時効は、ただ単に期間が経過するだけで効力が発生するわけではなく、相手方が消滅時効を援用しなければなりません。援用とは、消滅時効が成立していることを主張することです。

敷金の返還請求を行う場合には、消滅時効の期間に注意し、もし消滅時効の期間が満了してしまうおそれがある場合には、いったん消滅時効の中断をさせておく必要があります。


敷金返還請求権の場合には、相手が個人であっても、不動産賃貸業を生業としているケースが多いので、商人間の消滅時効である商事債権消滅時効が適用され、消滅時効期間が5年間になることが多いので注意が必要です。

消滅時効の中断


消滅時効の中断とは、ある一定の事由が発生することによって、消滅時効の完成に必要な期間の経過を止めることです。消滅時効が中断すると、消滅時効期間は中断したときからまた新たに進行することになります。

消滅時効の中断事由は以下の通りです。

● 裁判外で相手方に対して請求すること(内容証明郵便等での請求)
● 訴訟や支払督促など裁判上で請求すること
● 差押え、仮差押え、仮処分が行われること
● 相手方の承認(一部弁済、支払猶予の申出等)


上記のうち裁判外の請求に関しては、消滅時効の完成を6ヶ月間遅らせる効果しかありません。また何度も請求しているからといって、その都度消滅時効が中断するわけではありません。したがって裁判外での請求は、緊急的な措置として行い、その後裁判上の手続きによる必要があります。